僕(ふぐりたつお)のことを知っている方は少ないと思うが、知っている人はおそらく「昔の底辺ボカロP」(あるいはヤンデレ妹動画の人)として知っていると思う。
僕がDTMの世界に足を踏み入れたのは00年代に猛威を奮っていたニコニコ動画や、初音ミク人気を始めとしたVocaloid界隈の勢いに流されたというのが大きい。逆に言うと、とくに「音楽の人」ではない僕が長年に渡ってDTMなんかをやってきたのも「ボカロ」のパワーに牽引されてのことだった。
複数の長いブランクもあり、制作環境もMacになって現在ボカロからは離れてしまっているが、そういう経緯があるから過去に作ったボカロ曲は切り捨てられないと感じる。まだまだ未熟な今の自分から見てもさらに未熟なものが多いが、個人的にも当時のことを振り返りながら、自作のボカロ曲を以下に纏めてみたいと思う。
終わらない日曜日(2008)
これが僕の初のボカロ曲で、公開した音楽作品としてもたぶん第一号。今思うと、僕が曲作りやDTMに時間と金をかけるきっかけになったのはこの曲の在り方が原因ではなかったかと思う。
というのも、この作品はフリーペーパー「R25」の「夜ふかしネット番組表」というコーナーの特集「初音ミクがビジネスマンに贈る」で紹介され、それなりに再生数・マイリス数が伸びた(と言っても4桁前半ですが)。それで勘違いしたというか、気が大きくなったというか。良く言えば初期のモチベーションが爆ブーストされた。
ただその実、この曲が取り上げられたのはただの「おまけ」である。当時、サラリーマンの悲哀を歌った彩音~xi-on~ さんの「サラリーマンのうた」がヒットしていて、それを紹介するついで、あるいはスペース埋めとして似たようなコンセプトの「終わらない日曜日」が選ばれたんだろうと思う。まあそれでも嬉しかった。これで「自分なんかの作品をみんなが見てくれるんだ、すごいな」という認識が生まれ、その後の創作につながった。
Rosy(2009)
「終わらない日曜日」がR25に掲載され、気を良くして作ったのがこの曲だった。なんとなく感じてもらえると思うが、知識も技術もまだまだなため、そのぶん「ちょっと変わったことをやろう」という意識があったように思う。冒頭のリズムトリックがそれで、この傾向は今に至るまで続いているのである意味これも今につながる一曲だと思う。
カムバック・マジキチ・ガール(2009)
「Rosy」は明らかに初心者の駄作で、当然だがR25ブーストをもってしても再生数は伸びなかった。当時の僕は「クリエイター」というよりは「動画投稿者」だったので、数字について結構気に病んだりもしていた。
実は僕はボカロ曲を作り始める前から「ヤンデレ妹CD」に関連する動画を作ってニコ動に投稿していた。そちらはそちらでまあまあ伸びた動画なんかもあり、その視聴者をボカロ曲の方にも呼び込めないか、という打算的な動機から完成したのがこの「カムバック・マジキチ・ガール」である。
思惑はまあまあ成功し、3500再生くらいはされている。部分的にコード進行も結構凝っていて、今聞いても面白いなと思う部分はある。リメイクしたいと思う気持ちがないでもないが、データはすべて消失している。
そのことば(MidnightEdition)(2010)
「マジキチ」からおよそ一年を経て公開されたのが「そのことば(MidnightEdition)」だ。ちなみに「(MidnightEdition)」とつけているからには別のエディションがあるんだろうと思われても仕方がないが、そんなものは存在しない。なんとなくかっこいいからつけただけだ。
新作が出るのに一年かかったのは忙しかったのもあるのだが、曲作りに関して言えば「歌詞を考えるのが結構きつい」というのがあった。過去の自分の作品を聴いていて、コード進行やメロディについては冷静に分析できたりその都度新しい発見があったりするのだが、歌詞だけは聞いててこっ恥ずかしくなり、なんかもう、ダメだった。これまでは散文的に書き殴った文章をそのまま曲に乗せていたのだ。
その意味でかなり「抑制的に」「意図を持って」書いたのがこの曲の歌詞であり、かろうじて聴けるレベルにはなっていると思う。ただこの頃からすでに退廃的な雰囲気はある。
一方曲に関しては、分かりやすいR&B的なコード進行のループものにしていて、試行錯誤することをやめている。それもありなんだな、と思えた曲でもある。
不完全な世界は続くから(2010)
前作から割と近い間隔で発表された「不完全な世界は続くから」は、複数の音楽好きの方から面白いと言ってもらえた曲だ。
前作とはうってかわって、キーにとらわれずにコードをあれこれ組み替えて骨組みを作り、そこに耳で確認しながら旋律を乗せていった。最近の僕はこういう試行錯誤をすっ飛ばしがちなので、初心に帰ってみるとまた違ったものができるかもな、などと思ったり。
アレンジも生ピアノ、木琴、オルガン、シンセなど音色の数もかなり増えていてカラフルな印象だ。不協和音的な箇所もあるのだが、当時の僕には処理のしようがなくそのまま完成としている。
それから歌詞についてだが、この頃から僕は「もうこの世界は駄目だ」「まともには生きていけない」という諦念にとらわれており、それがストレートに歌詞に出ている。歌詞として精一杯のポジティブさを気取ってはいるが、限界感がある。
諸行無常コズミック(2013)
3年のブランクを経て、自作MV付きで登場したのがこの曲だ。タイトルの付け方を見てピンとくる方もいるだろうが、当時はいわゆる「カゲプロ」全盛期で、「何だよ、伸びてるのは曲じゃなくてキャラやストーリーで売ってる動画ばっかじゃねーか」という思いがあり、それならば自分もクオリティの高い動画を仕上げて再生数を伸ばそうと思ったのがこちらである。
この時期には絶望的な世界に対する防衛機制として「宇宙のスケール感と比べると大抵のことは些事である」という悟りを得ており、それを全面に出した歌詞になっている。
まぼろしブランケット (2013)
リスナーとしてエレクトロニカとかミニマルテクノを聞いていた時期で、そういう要素を自分なりにボカロ曲に取り入れようとしたのがこの曲だったと思う。
しかしそれ以上に歌詞のダウナーさが際立っている。
2時のアンテナ(2013)
これもエレクトロニックな志向の曲。ニコ動の説明欄には「いろいろ新しいソフトシンセを導入したのでとりあえず詰め込んでみた」と書いてあり、本当にそれだけだったような気もする。
細かい音に気を取られ、少し歌詞が雑になってきている印象もある。
夢のスピード(2013)
2013年の大晦日に投稿されたこれは、「アニソン風の曲を作ってみたい」という感情に任せて数々のアニソンを参考に書いた曲。ミキシングは大事だというのを痛感した曲でもある。
今日も誰かが死ぬ(2014)
エレクトロニカの質感を作るのに悪戦苦闘している。歌詞がまたひどく、「人は死ぬ」ということをひたすら書いている。作者の精神状態が心配される一曲である。
深海譚(2014)
ミドルテンポなシンセポップとも言えるが、歌詞を見ると非常にダウナー。世界と自らの人生に対する絶望感が漂っている。
スマイル(2015)
ニコ動には「娘の生後200日記念に作りました。」とコメントがある。僕の実娘の声をサンプリングしてつかっていたり、音色の選び方も意外と面白いと思う。
我ながら歌詞がまた良くて、「世界も自分の人生ももう駄目だ」という気持ちと「生まれてきた赤ん坊を幸せにしてやりたい」という気持ちが渾然となり赤裸々に語られている。その娘は健康に育ってもう5歳だが、子育てというのは案外無自覚なまま流れるように進んでいくもので、最近はこの曲を書いた頃の感情を忘れていた。「スマイル」を聞き直すと生活に対する真摯な気持ちを思い出し、思わず泣きそうになる。完全に自分用の曲だ。
黒猫ミッドナイト(2015)
この曲もソフトシンセの試し撃ち的な意味合いだったが、ミクの調教(調声)がいい感じに仕上がっったので気に入っている。何も考えずに書いたので歌詞も無味無臭で聞いていて辛くない。
トロトロトートロジー(2015)
エレクトロニカにどんどん傾倒していく中、オーディオを小刻みにチョッピングして組み立てるビートづくりに憧れながらもなかなか上手くできず、ほとんど苦肉の策みたいにしてできたのがこの曲の間奏。しかし評判はいい。歌詞もドギツイくらい「かわいい」を意識していて、成功していると思う。
また、この曲は発表時はさほど反応がなかったのだが、Soundcloudの方も含めて後日いくらか伸びた。というのも、この曲は発音ミクのライブイベント「MIKU EXPO」主催の『MIKU EXPO楽曲コンテスト』というやつに応募し、応募曲の一例ということで公式にピックアップされたのだ。下記の公式動画にも使われていて(2曲め)、まあコンテスト的には噛ませ犬的な感じではあるが、海外勢からの認知が一気に増した。この曲だけはSoundcloudで未だに海外のボカ廃から月に数個は「いいね」がつく。
以上が僕が公式に発表したボカロ曲のすべて。
今回振り返ってみて、案外進歩してるなーと思ったり、昔の情熱に感心したり、なかなかおもしろかった。また作ってみようかな?


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